北東北・函館フリー乗車券旅行(01)
「今日の「あけぼの号」は「まけぼの」になりました 」から
http://shiunmaru.at.webry.info/201401/article_98.html
12月23日
前日のあけぼの号の運休を受けて、不本意ながら東北新幹線で出発する事になりました。
8:12東京発の"はやぶさ1号"

よもや東北新幹線で出発することになろうとは・・
とりわけ「はやぶさ」は、伝統と格式ある九州寝台特急の名称をかっぱらったことから激しく抵抗を感じていたので、こんなことでもなければ絶対に乗ることなど無かったでしょう。
ホームが不足気味の東北新幹線は入線から発車までが慌ただしく、列車内に案内されたのは発車2分前。
荷物を網棚に乗せているうちにもう動き出していました。
私の席は3人掛けの席の通路側。
窓側には若い女性が、真ん中の席は誰もいませんでした。
前日にたまたまキャンセルが見つかり入手できた切符なのでポジションは期待してませんでしたが、3人掛けの真ん中席じゃなくてよかったです。
お恥ずかしながら、東北新幹線にてんで疎い私は、「はやぶさ」と「はやて」に自由席が連結されていないことを前日初めて知りました。
新青森まで直通する列車は「はやて」と「はやぶさ」だけですから、最も速いタイプでかつ都合のいい時間帯に走るこの列車の指定券を確保できたのは不幸中の幸いだったと言えます。
東京を出るときには空席も目立った車内も、大宮で満席になりました。
隣には、葬式用の黒スーツを着たおばさんが座り、座るや否やテーブルを出して筆ペンで香典を書いていました。
デッキには体育座りしている客も何人か見かけました。
全席指定ですから指定券なしでは乗車できないはずですが、自由席特急券だけ買って強行突破しちゃったのでしょう。
私も、もし指定が取れなければ同じような手段を取らざるを得なかったでしょう。
後は飛行機の様にただおとなしく座っているだけ。
普通席とはいえシートピッチも広く可動式のヘッドレスもついていて座り心地は悪くありません。
することもなく、缶酎ハイを飲んだり、前席背もたれのポケットに入っているパンフレット類をパラパラめくったりして時々外の様子を横目で見たりしていりましたら、比較的大きい街に入り、速度が普通の特急列車並みに緩やかになってきました。
郡山あたりかな、と思ったらもう仙台でした。
はっえ~!!
大宮の次の停車駅が仙台とは・・
仙台で1/3位の客が降り、同じくらいの客がまた乗ってまいりました。
一関を通過するころから瞬く間に沿線が銀世界へと変わり、先ほどまでの青空が俄に掻き曇ったり、かと思えば再び青空に戻ったりと北国らしい不安定な空模様になってまいりました。
車窓には猛烈な雪煙が舞っていますが、雪が降っているためなのか、先頭車両が巻き上げたためなのかは300km/hの車窓からでは判別できません。
盛岡で半分くらいの客が下車し、それより少し少ないくらいの客が入れ替わり乗ってきました。
盛岡からは、ジャージを着た学生とか地元利用っぽい客が目立ちます。
盛岡~青森間は並行する東北本線が廃止され、第3セクター鉄道2社に経営が引き継がれました。
この3セク鉄道の運賃がべらぼうに高く、特急料金を含めた新幹線運賃との差額がわずか千円くらいしかないのです。
2両編成の混雑した鈍行で何時間も余計にかけて千円しか安くならないなら新幹線に乗っちまえ、という事なのでしょう。
盛岡以北の新幹線は初めての体験ですが、車窓も別にどうっていう事もありません。
岩手青森県境付近の山中で、誰かが非常ボタンを押したらしく10分ほど抑止。遅れを引きづったまま11:35頃新青森に到着。
一か月前に早起きして指定券確保したあけぼの号13時間の旅は、前日にあっけなく確保したはやぶさ号3時間10分の旅へと取って代わり、あまりにあっけない青森入りとなりました。
いわんや、夏の鈍行乗継と比べればなおさらです。
在来線ホームに下りてみると、周りは銀世界ですが天気は晴れ風も弱く思っていたほどには寒くありません。
前日のあけぼのが運休になったのが腑に落ちないです。
函館行の特急スーパー白鳥15号の自由席はかなり混雑してたので、1本流し30分後の臨時特急白鳥73号にしました。
あけぼの号でやってきたとしても、白鳥73号で函館へ向かう予定でしたので、これで当初の旅程に追いついたことになります。
ただし、当初考えていた青森駅前のおさない食堂でホタテ定食を食べるという予定は端折ら去る得ません。
白鳥73号も、はやぶさ1号の後から到着するはやて17号の客が加わるとかなり混雑し自由席の通路には立客も出ましたが、多くは隣の青森駅で下車してしまい、以降は乗車率5~6割程度の落ち着いた車内となりました。
新青森から一駅で、青森駅

朝新幹線の車内でサンドイッチを食べたきり何も食べておらず腹が空きましたが、駅弁という奴は高いばかりでうまくないし、函館まで我慢することにします。
青森を出るときは拍子抜けするくらい好天でしたが、津軽線に入り津軽海峡に向けて北上を開始するとすると、間もなく非常にやばそうな空模様になってきました。
好天から救いようのない荒れた天気への変わり具合が、まるで山の天気の様な速さです。
蟹田のあたりで海岸線を走ることを知っていたので、車窓を凝視していましたが、猛烈な降り(もしくは先頭車両の巻き上げ?)でガラスに雪がこびりつき、こんもりした雪の築堤の向こうにどんよりした暗い津軽海峡の水面が200メートル程度の視程で見えるのみでした。

これからこんな暗く陰惨な海の下をくぐるのか・・・
ちょっと嫌だなぁ。
青函トンネルに入るころ、突然素っ頓狂な叫び声が聞こえました。
※以下北海道風のイントネーションで
「うわ! 8分も遅れている。これでは札幌行の汽車に乗り遅れてしまう!あぁ、もうダメだ~」
暫く間をおいて
「知らん。鉄道会社に責任とってもらうから知らん!」
この列車は単線区間の閉塞が解放されるのを待つため青森を8分ほど遅れて発車しましたが、この中年の男性はそれを気にしているようです。
独り言なんでしょうが、まるで演劇のような芝居めいた大声だったので、クスクス笑う声が車内のいたる個所から漏れました。
私は、「ふん!何をジタバタ!札幌行のスーパー北斗なんか一本乗り遅れたってその後何本もあるじゃねぇか。こっちは一か月前から楽しみにしてた寝台列車が運休になっちまったんだぞ。この気持ちがおっさんに分かるか!」と腹の底で思っておりました。
北海道に入ると雪はさらに酷くなりました。
青森側が悪天でも北海道は晴れているケースはしばしば経験がありますが、今日はその逆でした。
やはり北日本大荒れと言う予報は当たっていたようです。
何時もなら上磯のあたりから見える筈の函館山も、今日はどこいら辺にあるのかさへ分かりません。
特急列車とはいっても臨時列車ですので、単線区間の江差線内ではほぼ各駅ごとに列車交換のために停車します。
青函トンネルは高速規格ですが、その前後の津軽線と江差線は今でも単線ローカル線のままで輸送のボトルネックになっています。
函館には、遅れを引きづったまま14:40頃到着。
函館は雪

先ほどの青森とは打って変わって、相当気合の入った寒さです。
何本か離れたホームには、さっきのおっさんが気にしていたスーパー北斗が止まっていますが、ホームはつるつるに凍っていますから走って乗り換えるわけにもいきません。
しかも函館駅は行き止まり式櫛方ホームで、編成途中に跨線橋や地下道がありませんから、違うホームへ移動するには一旦先頭車両側のコンコースを利用しなければなりません。
あのおっさんが間に合ったのかどうか少しだけ気になるところです。
腹は減っていますが、荷物もあるし、まずは身軽になってから散歩に出かけようと思いホテルへ向かう事にしました。
東京に居る時と同じように、コートを羽織っただけの姿で駅のガラス戸を出た途端いきなり海からの風雪の直撃を受け全軍撤退!
これは舐めてかかると死ぬかもわからんな・・・
東京ではめったにしないことですが、改めてコートのボタンを全部とめ、「多分使う事はないだろうけれど」と思いながらも念のために鞄の中に突っ込んでおいたマフラーとスキー用の帽子で完全武装し、改めて気を引き締めて街へ出ました。
東京ではこれらのアイテムはしばしばファッションの延長として扱われることが多いですが、ここでは生存のための必修品であることを初日からいきなり思い知らされました。
歩き始めて間もなく、コートに雪が付着してしまいました。
北海道にはスエード状の防寒着は不向きだという事を知りました。
まっすぐに宝来町のホテルへ向かうつもりでしたが、十字街のあたりまで来たら一転日が射し始め雪が弱まりましたので、コープに寄って昼飯用の折詰寿司と手袋を買っていくことにしました。
私は、「川崎で最も手袋をしない男」として社交界ではちょっと知られた人間で、一昨年の冬に韓国に行った時も(今思えばよく大丈夫だったな、と思いますが)手袋なしで過ごしました。
大体手袋と言うものは写真機を操作するにも、財布からお金を取り出すにも不便な代物ですが、手袋をしなければたちどころに手がかじかんでしまい、どっちにしろ指が使い物にならなくなるわけですから、どうせ不便ならば暖かい方が良いと判断しました。
流石は北海道のコープ。
499円でも中々良い手袋が手に入りました。
それと、余談ですが地元のスーパーで850円くらいで売られているストリチナヤ(ロシア製ウオトカ)が、なんと650円くらいで陳列されておりました。
洋酒と言うのは大抵東京から遠ざかれば遠ざかるほど高くなるのですが、ここ函館でロシア製ウオトカが東京よりも200円も安いのは驚きでした。
これならわざわざ重い思いをして持ってこなくても、ここで買えばよかったな~
ホテルは護国神社坂を上りきった、ロープウェイ乗り場至近の観光には甚だ好立地のホテル函館山です。
朝食付き一泊3,800円ですからあまり期待していませんでしたが、部屋は楽天の写真に掲載されていた冴えないものとは大分イメージが異なり、大変綺麗にリニューアルされており部屋の広さも十分です。
安く予約したからきっと山側ビューだろうと思っていたのですが、窓からは大森海岸や湯の川方面が一望できます。

旅程では、ここに2泊、その後ホテルショコラに移動して1泊なのですが、こんなに快適ならば3泊ともここでよかったな、と思いました。
黄昏時、16時半ごろが一番街が美しくなる時間帯なのですが、コープで買った寿司を食ってウオトカを飲み、熱いシャワーを浴びて暖房の効いた部屋でくつろいでいたら、また寒い外に出るのが億劫になってしまいました。
しかし、折角元町観光に便利なホテルに泊まっているのにこのまま部屋で過ごすのも勿体ないので、18時ごろ近場を散歩してみました。
雪はやんでいましたが、寒さは容赦ないレベルに達していたので、先ほどの防寒類に加えマスクも追加の完全武装です。
先ほどまではサクサクと確かな手ごたえを感じた路面も、日も暮れた今では完全につるつるになってしまいました。
ホテルを出ればすぐに函館山ロープウェイ乗り場ですが、今日は生憎一番夜景がきれいな黄昏時を逃してしまったのでパスし、そのまま教会群の方へ向かいました。
こんな寒さにもかかわらず、クリスマス3連休だけあって結構な数の観光客が散歩しています。
あちこちからシングリッシュ(シンガポール式英語)や中国語、聞きなれないアジアのどこかの国の言語などが聞こえてきます。
カトリック元町教会

チャチャ登り
小さな坂だが趣がある

八幡坂 ヒョエ~ 滑りそう~!

夜の元町を歩き回っておりますと、旅行の目的の90%が往復の寝台特急乗車だったことなどすっかり忘れ、「昨日癇癪起こして旅行を取りやめにしないでよかった~」と夏に川湯温泉で悔い改めた時と同じこと感じました。
函館では、松羊亭という所でジンギスカンを食べるつもりでいましたが、まだ寒さに慣れていない初日に杉並町まで移動するのが少し億劫だったのと、その少し前にそあとれさんから「横浜でカレーを食べた」というメールを受け取って以来無性にカレーが食いたくなったので、宝来町の路地裏にある何の変哲もない印度カレー屋に入り大盛りを注文しました。
東京で食えばどうってことはない味でしょうが、このクソ寒い中あちこち歩き回った後に食べる味はことさら旨く感じました。
他にも行きたいところは色々ありますが、今日のところはこれにてホテルに撤退すべく、ツルツルと足を取られながら、また護国神社坂を上って行きました。
「北東北・函館フリー乗車券旅行(02)」へ
http://shiunmaru.at.webry.info/201401/article_96.html
http://shiunmaru.at.webry.info/201401/article_98.html
12月23日
前日のあけぼの号の運休を受けて、不本意ながら東北新幹線で出発する事になりました。
8:12東京発の"はやぶさ1号"

よもや東北新幹線で出発することになろうとは・・
とりわけ「はやぶさ」は、伝統と格式ある九州寝台特急の名称をかっぱらったことから激しく抵抗を感じていたので、こんなことでもなければ絶対に乗ることなど無かったでしょう。
ホームが不足気味の東北新幹線は入線から発車までが慌ただしく、列車内に案内されたのは発車2分前。
荷物を網棚に乗せているうちにもう動き出していました。
私の席は3人掛けの席の通路側。
窓側には若い女性が、真ん中の席は誰もいませんでした。
前日にたまたまキャンセルが見つかり入手できた切符なのでポジションは期待してませんでしたが、3人掛けの真ん中席じゃなくてよかったです。
お恥ずかしながら、東北新幹線にてんで疎い私は、「はやぶさ」と「はやて」に自由席が連結されていないことを前日初めて知りました。
新青森まで直通する列車は「はやて」と「はやぶさ」だけですから、最も速いタイプでかつ都合のいい時間帯に走るこの列車の指定券を確保できたのは不幸中の幸いだったと言えます。
東京を出るときには空席も目立った車内も、大宮で満席になりました。
隣には、葬式用の黒スーツを着たおばさんが座り、座るや否やテーブルを出して筆ペンで香典を書いていました。
デッキには体育座りしている客も何人か見かけました。
全席指定ですから指定券なしでは乗車できないはずですが、自由席特急券だけ買って強行突破しちゃったのでしょう。
私も、もし指定が取れなければ同じような手段を取らざるを得なかったでしょう。
後は飛行機の様にただおとなしく座っているだけ。
普通席とはいえシートピッチも広く可動式のヘッドレスもついていて座り心地は悪くありません。
することもなく、缶酎ハイを飲んだり、前席背もたれのポケットに入っているパンフレット類をパラパラめくったりして時々外の様子を横目で見たりしていりましたら、比較的大きい街に入り、速度が普通の特急列車並みに緩やかになってきました。
郡山あたりかな、と思ったらもう仙台でした。
はっえ~!!
大宮の次の停車駅が仙台とは・・
仙台で1/3位の客が降り、同じくらいの客がまた乗ってまいりました。
一関を通過するころから瞬く間に沿線が銀世界へと変わり、先ほどまでの青空が俄に掻き曇ったり、かと思えば再び青空に戻ったりと北国らしい不安定な空模様になってまいりました。
車窓には猛烈な雪煙が舞っていますが、雪が降っているためなのか、先頭車両が巻き上げたためなのかは300km/hの車窓からでは判別できません。
盛岡で半分くらいの客が下車し、それより少し少ないくらいの客が入れ替わり乗ってきました。
盛岡からは、ジャージを着た学生とか地元利用っぽい客が目立ちます。
盛岡~青森間は並行する東北本線が廃止され、第3セクター鉄道2社に経営が引き継がれました。
この3セク鉄道の運賃がべらぼうに高く、特急料金を含めた新幹線運賃との差額がわずか千円くらいしかないのです。
2両編成の混雑した鈍行で何時間も余計にかけて千円しか安くならないなら新幹線に乗っちまえ、という事なのでしょう。
盛岡以北の新幹線は初めての体験ですが、車窓も別にどうっていう事もありません。
岩手青森県境付近の山中で、誰かが非常ボタンを押したらしく10分ほど抑止。遅れを引きづったまま11:35頃新青森に到着。
一か月前に早起きして指定券確保したあけぼの号13時間の旅は、前日にあっけなく確保したはやぶさ号3時間10分の旅へと取って代わり、あまりにあっけない青森入りとなりました。
いわんや、夏の鈍行乗継と比べればなおさらです。
在来線ホームに下りてみると、周りは銀世界ですが天気は晴れ風も弱く思っていたほどには寒くありません。
前日のあけぼのが運休になったのが腑に落ちないです。
函館行の特急スーパー白鳥15号の自由席はかなり混雑してたので、1本流し30分後の臨時特急白鳥73号にしました。
あけぼの号でやってきたとしても、白鳥73号で函館へ向かう予定でしたので、これで当初の旅程に追いついたことになります。
ただし、当初考えていた青森駅前のおさない食堂でホタテ定食を食べるという予定は端折ら去る得ません。
白鳥73号も、はやぶさ1号の後から到着するはやて17号の客が加わるとかなり混雑し自由席の通路には立客も出ましたが、多くは隣の青森駅で下車してしまい、以降は乗車率5~6割程度の落ち着いた車内となりました。
新青森から一駅で、青森駅

朝新幹線の車内でサンドイッチを食べたきり何も食べておらず腹が空きましたが、駅弁という奴は高いばかりでうまくないし、函館まで我慢することにします。
青森を出るときは拍子抜けするくらい好天でしたが、津軽線に入り津軽海峡に向けて北上を開始するとすると、間もなく非常にやばそうな空模様になってきました。
好天から救いようのない荒れた天気への変わり具合が、まるで山の天気の様な速さです。
蟹田のあたりで海岸線を走ることを知っていたので、車窓を凝視していましたが、猛烈な降り(もしくは先頭車両の巻き上げ?)でガラスに雪がこびりつき、こんもりした雪の築堤の向こうにどんよりした暗い津軽海峡の水面が200メートル程度の視程で見えるのみでした。

これからこんな暗く陰惨な海の下をくぐるのか・・・
ちょっと嫌だなぁ。
青函トンネルに入るころ、突然素っ頓狂な叫び声が聞こえました。
※以下北海道風のイントネーションで
「うわ! 8分も遅れている。これでは札幌行の汽車に乗り遅れてしまう!あぁ、もうダメだ~」
暫く間をおいて
「知らん。鉄道会社に責任とってもらうから知らん!」
この列車は単線区間の閉塞が解放されるのを待つため青森を8分ほど遅れて発車しましたが、この中年の男性はそれを気にしているようです。
独り言なんでしょうが、まるで演劇のような芝居めいた大声だったので、クスクス笑う声が車内のいたる個所から漏れました。
私は、「ふん!何をジタバタ!札幌行のスーパー北斗なんか一本乗り遅れたってその後何本もあるじゃねぇか。こっちは一か月前から楽しみにしてた寝台列車が運休になっちまったんだぞ。この気持ちがおっさんに分かるか!」と腹の底で思っておりました。
北海道に入ると雪はさらに酷くなりました。
青森側が悪天でも北海道は晴れているケースはしばしば経験がありますが、今日はその逆でした。
やはり北日本大荒れと言う予報は当たっていたようです。
何時もなら上磯のあたりから見える筈の函館山も、今日はどこいら辺にあるのかさへ分かりません。
特急列車とはいっても臨時列車ですので、単線区間の江差線内ではほぼ各駅ごとに列車交換のために停車します。
青函トンネルは高速規格ですが、その前後の津軽線と江差線は今でも単線ローカル線のままで輸送のボトルネックになっています。
函館には、遅れを引きづったまま14:40頃到着。
函館は雪

先ほどの青森とは打って変わって、相当気合の入った寒さです。
何本か離れたホームには、さっきのおっさんが気にしていたスーパー北斗が止まっていますが、ホームはつるつるに凍っていますから走って乗り換えるわけにもいきません。
しかも函館駅は行き止まり式櫛方ホームで、編成途中に跨線橋や地下道がありませんから、違うホームへ移動するには一旦先頭車両側のコンコースを利用しなければなりません。
あのおっさんが間に合ったのかどうか少しだけ気になるところです。
腹は減っていますが、荷物もあるし、まずは身軽になってから散歩に出かけようと思いホテルへ向かう事にしました。
東京に居る時と同じように、コートを羽織っただけの姿で駅のガラス戸を出た途端いきなり海からの風雪の直撃を受け全軍撤退!
これは舐めてかかると死ぬかもわからんな・・・
東京ではめったにしないことですが、改めてコートのボタンを全部とめ、「多分使う事はないだろうけれど」と思いながらも念のために鞄の中に突っ込んでおいたマフラーとスキー用の帽子で完全武装し、改めて気を引き締めて街へ出ました。
東京ではこれらのアイテムはしばしばファッションの延長として扱われることが多いですが、ここでは生存のための必修品であることを初日からいきなり思い知らされました。
歩き始めて間もなく、コートに雪が付着してしまいました。
北海道にはスエード状の防寒着は不向きだという事を知りました。
まっすぐに宝来町のホテルへ向かうつもりでしたが、十字街のあたりまで来たら一転日が射し始め雪が弱まりましたので、コープに寄って昼飯用の折詰寿司と手袋を買っていくことにしました。
私は、「川崎で最も手袋をしない男」として社交界ではちょっと知られた人間で、一昨年の冬に韓国に行った時も(今思えばよく大丈夫だったな、と思いますが)手袋なしで過ごしました。
大体手袋と言うものは写真機を操作するにも、財布からお金を取り出すにも不便な代物ですが、手袋をしなければたちどころに手がかじかんでしまい、どっちにしろ指が使い物にならなくなるわけですから、どうせ不便ならば暖かい方が良いと判断しました。
流石は北海道のコープ。
499円でも中々良い手袋が手に入りました。
それと、余談ですが地元のスーパーで850円くらいで売られているストリチナヤ(ロシア製ウオトカ)が、なんと650円くらいで陳列されておりました。
洋酒と言うのは大抵東京から遠ざかれば遠ざかるほど高くなるのですが、ここ函館でロシア製ウオトカが東京よりも200円も安いのは驚きでした。
これならわざわざ重い思いをして持ってこなくても、ここで買えばよかったな~
ホテルは護国神社坂を上りきった、ロープウェイ乗り場至近の観光には甚だ好立地のホテル函館山です。
朝食付き一泊3,800円ですからあまり期待していませんでしたが、部屋は楽天の写真に掲載されていた冴えないものとは大分イメージが異なり、大変綺麗にリニューアルされており部屋の広さも十分です。
安く予約したからきっと山側ビューだろうと思っていたのですが、窓からは大森海岸や湯の川方面が一望できます。

旅程では、ここに2泊、その後ホテルショコラに移動して1泊なのですが、こんなに快適ならば3泊ともここでよかったな、と思いました。
黄昏時、16時半ごろが一番街が美しくなる時間帯なのですが、コープで買った寿司を食ってウオトカを飲み、熱いシャワーを浴びて暖房の効いた部屋でくつろいでいたら、また寒い外に出るのが億劫になってしまいました。
しかし、折角元町観光に便利なホテルに泊まっているのにこのまま部屋で過ごすのも勿体ないので、18時ごろ近場を散歩してみました。
雪はやんでいましたが、寒さは容赦ないレベルに達していたので、先ほどの防寒類に加えマスクも追加の完全武装です。
先ほどまではサクサクと確かな手ごたえを感じた路面も、日も暮れた今では完全につるつるになってしまいました。
ホテルを出ればすぐに函館山ロープウェイ乗り場ですが、今日は生憎一番夜景がきれいな黄昏時を逃してしまったのでパスし、そのまま教会群の方へ向かいました。
こんな寒さにもかかわらず、クリスマス3連休だけあって結構な数の観光客が散歩しています。
あちこちからシングリッシュ(シンガポール式英語)や中国語、聞きなれないアジアのどこかの国の言語などが聞こえてきます。
カトリック元町教会

チャチャ登り
小さな坂だが趣がある
八幡坂 ヒョエ~ 滑りそう~!

夜の元町を歩き回っておりますと、旅行の目的の90%が往復の寝台特急乗車だったことなどすっかり忘れ、「昨日癇癪起こして旅行を取りやめにしないでよかった~」と夏に川湯温泉で悔い改めた時と同じこと感じました。
函館では、松羊亭という所でジンギスカンを食べるつもりでいましたが、まだ寒さに慣れていない初日に杉並町まで移動するのが少し億劫だったのと、その少し前にそあとれさんから「横浜でカレーを食べた」というメールを受け取って以来無性にカレーが食いたくなったので、宝来町の路地裏にある何の変哲もない印度カレー屋に入り大盛りを注文しました。
東京で食えばどうってことはない味でしょうが、このクソ寒い中あちこち歩き回った後に食べる味はことさら旨く感じました。
他にも行きたいところは色々ありますが、今日のところはこれにてホテルに撤退すべく、ツルツルと足を取られながら、また護国神社坂を上って行きました。
「北東北・函館フリー乗車券旅行(02)」へ
http://shiunmaru.at.webry.info/201401/article_96.html
この記事へのコメント
札幌以外の日本海側は荒れたようですけど。
同じ冬でも、津軽海峡を越えると寒さが違うんでしょうね。
申し訳ありません。何を間違ったか通知メールの「掲載停止」というボタンをうっかりクリックしてしまいました。
改めて掲載しなおしたため実際に御書き込み頂いた時刻とタイムスタンプが変わってしまいました。
ご容赦ください。
札幌は好天だったんですか!?それは意外です。ニュースでは「岩見沢が大雪で・・・」としきりに報道してましたから、てっきり札幌もすごい事になってるんだろうとばかり思ってました。
こんな季節に、また北日本で先の様な大地震が起きたらと思うとぞっとします。