東海汽船かめりあ丸 八丈島旅行(05)
「東海汽船かめりあ丸 八丈島旅行(04)」から
http://shiunmaru.at.webry.info/201401/article_121.html
5月3日
ついに最後の朝になってしまいました。
会社は5日まで休みだし、明日も明後日も東海汽船に空席はあるし、別に今日帰らなくたって良いのですが、旅程が長くなればその分お金もかかりますから仕方ありません。
予約した船で帰る事にします。
他のお客さんは未だ連泊を続けるとの事。
羨ましいなぁ・・
島の南端にある中之郷は底土港から車で30分近くかかる距離ですが、有難い事に宿の御主人が港まで送ってくれました。
私一人だったので気を使わせまいとしたのか、「いえ、どうせ空港に寄るついでもありますから」と仰っていましたが、その配慮に恐縮してしまいます。
車の中で色々とお話を伺いました。
御主人の家は元々アシタバ農家だったらしいのですが50年ほど前の先代の頃に失敗し、民宿業に転じたとの事でした。
アシタバに対する思いを民宿の名に継承し、"あしたば荘"と名付けたとの事です。
今の様にアシタバが健康食として認知される前は、「草を食わせる民宿」と白い目で見られた事もあったそうな。
やがて、島寿司を提供したり、焼酎を振る舞ったりしてお客さんに恵まれるようになり今日に至ったそうです。
「食事には仕込みが必要なので、空いている時でも当日飛び入りのお客さんはお断りしています。おかずはコロッケでも良いというお客さんもいますが、他のお客さんに島寿司を出して飛び入りのお客さんにはコロッケ、という様な事は出来ませんから」と、食事に対するこだわりをお持ちでした。
またの訪問を約束して、まだ人っ子一人いない底土港ターミナル前で御主人と別れを告げました。
まだ誰も居ないターミナルと、その向かいにポツンと立つ雑貨屋

来た時と違い、今日は白くどんよりとした空です。
東京行きの出港は10時ですが、まだ1時間半もあります。
港の前には雑貨屋が一軒ありますが、初日に泊まった八丈バックパッカーズインの隣においしいパン屋がある事を思い出したので、船内での昼食調達の為に海を背にしてダラダラとその方向へ坂を上がって行きました。
泥棒も居ないし、盗まれて困る程の物も無いので、荷物はターミナルのベンチに置きっぱなしです。
ただ爆発物と勘違いされて通報される可能性はありますが(笑)
パンをぶら下げながらターミナルに戻る途中、客を乗せたモービルレンタカーの送迎車や何処かの民宿のミニバン数台とすれ違いました。
どうやら東京からの船が到着したようです。
東京からの客を乗せて”かめりあ丸”がやってきた

島に何度も来ている人ならばその様な事は無いでしょうが、初めて来る人の場合、到着した当日の天気でその島の第一印象が決まってしまうでしょう。
そう考えると、今日到着した人は少し気の毒です。
私が到着した朝の様な、"楽園"を思わせるカラフルさに欠ける天気だからです。
待合室は折り返しの東京行きに乗る客で大分賑やかになってきましたが、まだ連休中日ですので船の収容人数にしてみれば微々たるものでした。
乗船案内に従い"かめりあ丸"に向けて埠頭を歩き出したとき、ふと左手に目をやったら、到着した朝に見たサングラスのミステリアスな女性が、あの時と全く同じベンチに腰掛け煙草をくゆらしていました。
この人は毎日こうして出入港シーンを見に来ているのだろうか・・・
盛大な見送りも無く汽笛も無く、まばらな乗客を乗せて10時ちょうど、"かめりあ丸"は東京へ向けて動き出しました。
今日もまた穏やかな海で、揺れはほとんどありません。
八丈島が完全に見えなくなるまで甲板で過ごしましたが、元々視程の悪いぼんやりした天気でしたので、八丈富士が後方の霞に消えるまでそれほどの時間を要しませんでした。
18ノット前後で八丈島沿岸を北上する
東海汽船の伊豆諸島航路は、下りは夜行上りは昼行になりますので、復路上りは一番安い2等に致しました。
2等は、カーペット敷きの雑魚寝席とリクライニングシートの2種類から選択でき、当然横になれる雑魚寝席の方が人気あります。
しかし私は敢えてリクライニングシートに致しました。
何人かのグループなら雑魚寝席でも良いのですが、両サイドに客が来てしまった場合等は一人では落ち着きません。
その点不人気なリクライニング席ならば多くの場合ガラガラですし、仮に混んだとしても普通に座席に座るだけですから隣客の存在も気になりません。
連休中日の今日などはご覧の通りのあり様です。
不人気で穴場的ポジションの2等椅子席。乗船率はご覧の通り

鉄道の座席と比べればシートピッチは十分過ぎるくらいだし、リクライニング角も申し分ありません。
ただ、喫水線ギリギリの船底Eデッキなので、甲板のある最寄りのフロアまで2フロア分階段を上がらなければならないのと、殆ど常時携帯電話の圏外になるのが難点です。
ディーゼルエンジンの心地よい振動が眠気を誘います。
先ほど買ったパンを食って、しばしまどろむ事に致します。
気付いたら、もう本船は黒潮を横断して御蔵島に沿って走っているところでした。
島の周囲は近付き難い断崖絶壁に囲まれ、黒々とした山は落差数十メートルの滝となって、その豊富な水を海に放出させています。
その威容は威圧的でさえあります。
甲板に出てみたら、御蔵島の威圧的な断崖が目の前に

東京の屋久島と言った趣でしょうか。(屋久島には行った事は無いけれど)
今日も穏やかなコンディションですので、かめりあ丸は無事に御蔵島の外洋むき出しの桟橋に着岸いたしました。
とは言え、船と岸壁の隙間に入り込んだうねりが、時々「バシャッ」と音を立てて甲板の高さまで跳ね上がります。
外洋に直接面した埠頭に慎重にアプローチ

御蔵島はイルカウォッチングで名高い島で、結構な数のお客さんが乗船してきました。
荷役を行う事もなく、5分ほどの停泊ののち"かめりあ丸"は三宅島に向けて舫を解きました。
ここ御蔵島では、島中の民宿の人が去りゆく客を見送りに来てくれているようです。
八丈島の様に、ほぼ確実に客が乗船出来る島の場合、宿の人はわざわざ船の出港まで客につきあう必要はありませんが、御蔵島の様に就航率が極めて低い港の場合、船が埠頭すぐ沖まで来ていながら着岸を断念して去って行ってしまうという事もあり得ます。
そうなればお客は延泊意外にできる事はありませんし、宿側としても新しい客がやって来る可能性はゼロになります。
そのような事情で、宿側としても自分の客が本当にちゃんと船に乗れたかどうかを確認するまでは港から離れられないのでしょう。
約1時間ののち、最後の寄港地三宅島三池港に入りました。
ここでは、始発の八丈島と同じか、それより多いくらいのお客さんが乗って来ました。

八丈島は伊豆諸島で唯一737やA320などの中型ジェット機が就航している一方で、船を使うと11~12時間かかりますから特に上り便の船利用は敬遠されているようですが、三宅島ではターボプロップ機しか就航していない上、船でも7時間と手頃な距離なので、上り便でも経済性を重視して船を使う人が多いのではないかと思います。
ウインチを緩め、最後の寄港地三池港を出港すれば、あとは東京まで7時間ノンストップ

この船は三宅島を出ると、神津島~新島~大島の東沖を通りますが、今日の様な天気ではこれらの島影も見えないでしょう。
自販機でワンカップを買い、船底Eデッキの自席へ戻りました。
Eデッキに下りる途中他の席も見てみましたが、御蔵島・三宅島と客を拾い、2等雑魚寝席と、Dデッキの椅子席の方はそこそこ埋まったようです。
一方Eデッキ椅子席は相変わらずガラガラですので、誰に憚る事無くリクライニングを一杯に倒してしばし眠る事にいたします。
次に甲板に出た時には既に房総半島鋸山付近まで来ておりました。
浦賀水道に向けて並走する船、すれ違う船が急に多くなります。

野比の火力発電所の灯りがすぐ目の前に迫ると浦賀水道です。
去年ヨットから見上げた「うらが2」と書かれた浮灯台が、眼下をゆっくりと通り過ぎていきます。
大きな船で波をかぶるでもなく何の不自由もなく同じ地点を通過すると、「よくあんな小舟でこの海を渡ったもんだな・・」と感慨深くあの日の事を思い出してしまいます。
しかし"そあとれ"さんは、房総半島どころか、新島に渡ったというから驚きです。
東京湾の黄昏

羽田空港付近で、先ほど新木場を出て、これから徳島・北九州へ向かうオーシャン東九フェリーとすれ違いました。
あちらはカーフェリーなので照明も少なく、夜の海ではRO-RO船と見分けがつきませんが、よーく見るとファンネルに同社のマークが付いていました。
羽田を過ぎて滑走路の輪郭沿いに左折し、隅田川河口部に入ればもう竹芝です。
船内に流れるニニ・ロッソ「夜空のトランペット」のBGMが垢抜けた東京航路に実にマッチしていました。
竹芝桟橋には、私が出発した夜と同じように、神津島航路の"さるびあ丸"が一足先に帰ってきておりました。

東京は小雨でした。
あ~あ、帰って来ちゃった・・

安全航海お疲れさまでした

飛行機の旅の様な疲労もなく、11時間と言う航海は丁度良いか、やや乗り足りないくらいでした。
トイレに寄るため埠頭待合室に入ったら、今夜出発する客が既に大勢ベンチを埋め尽くしていました。
あぁ、私もすぐにまた同じ船に乗って折り返したいです。
同じ船から降りてきた客を除けば、休日で人もまばらな道を浜松町駅まで歩き、そこから京浜東北線に乗って帰りました。
ところが乗った電車がよりにもよって蒲田止まり!
さっきまでの大らかな心持が吹き飛び、怒りのあまり何かブチっとキレました。
蒲田で次の電車を待つまでの間、やり場のない怒りを抑えるのに気が狂いそうになりました。
中田商店前のバス停では、バスが10分遅れて来ようが鼻歌を歌っていられた私が、なぜ首都圏に入ると電車を5分待つ事が出来なくなるのか、自分でもこの性格もひとつ分かりません。
お
わ
り
http://shiunmaru.at.webry.info/201401/article_121.html
5月3日
ついに最後の朝になってしまいました。
会社は5日まで休みだし、明日も明後日も東海汽船に空席はあるし、別に今日帰らなくたって良いのですが、旅程が長くなればその分お金もかかりますから仕方ありません。
予約した船で帰る事にします。
他のお客さんは未だ連泊を続けるとの事。
羨ましいなぁ・・
島の南端にある中之郷は底土港から車で30分近くかかる距離ですが、有難い事に宿の御主人が港まで送ってくれました。
私一人だったので気を使わせまいとしたのか、「いえ、どうせ空港に寄るついでもありますから」と仰っていましたが、その配慮に恐縮してしまいます。
車の中で色々とお話を伺いました。
御主人の家は元々アシタバ農家だったらしいのですが50年ほど前の先代の頃に失敗し、民宿業に転じたとの事でした。
アシタバに対する思いを民宿の名に継承し、"あしたば荘"と名付けたとの事です。
今の様にアシタバが健康食として認知される前は、「草を食わせる民宿」と白い目で見られた事もあったそうな。
やがて、島寿司を提供したり、焼酎を振る舞ったりしてお客さんに恵まれるようになり今日に至ったそうです。
「食事には仕込みが必要なので、空いている時でも当日飛び入りのお客さんはお断りしています。おかずはコロッケでも良いというお客さんもいますが、他のお客さんに島寿司を出して飛び入りのお客さんにはコロッケ、という様な事は出来ませんから」と、食事に対するこだわりをお持ちでした。
またの訪問を約束して、まだ人っ子一人いない底土港ターミナル前で御主人と別れを告げました。
まだ誰も居ないターミナルと、その向かいにポツンと立つ雑貨屋

来た時と違い、今日は白くどんよりとした空です。
東京行きの出港は10時ですが、まだ1時間半もあります。
港の前には雑貨屋が一軒ありますが、初日に泊まった八丈バックパッカーズインの隣においしいパン屋がある事を思い出したので、船内での昼食調達の為に海を背にしてダラダラとその方向へ坂を上がって行きました。
泥棒も居ないし、盗まれて困る程の物も無いので、荷物はターミナルのベンチに置きっぱなしです。
ただ爆発物と勘違いされて通報される可能性はありますが(笑)
パンをぶら下げながらターミナルに戻る途中、客を乗せたモービルレンタカーの送迎車や何処かの民宿のミニバン数台とすれ違いました。
どうやら東京からの船が到着したようです。
東京からの客を乗せて”かめりあ丸”がやってきた

島に何度も来ている人ならばその様な事は無いでしょうが、初めて来る人の場合、到着した当日の天気でその島の第一印象が決まってしまうでしょう。
そう考えると、今日到着した人は少し気の毒です。
私が到着した朝の様な、"楽園"を思わせるカラフルさに欠ける天気だからです。
待合室は折り返しの東京行きに乗る客で大分賑やかになってきましたが、まだ連休中日ですので船の収容人数にしてみれば微々たるものでした。
乗船案内に従い"かめりあ丸"に向けて埠頭を歩き出したとき、ふと左手に目をやったら、到着した朝に見たサングラスのミステリアスな女性が、あの時と全く同じベンチに腰掛け煙草をくゆらしていました。
この人は毎日こうして出入港シーンを見に来ているのだろうか・・・
盛大な見送りも無く汽笛も無く、まばらな乗客を乗せて10時ちょうど、"かめりあ丸"は東京へ向けて動き出しました。
今日もまた穏やかな海で、揺れはほとんどありません。
八丈島が完全に見えなくなるまで甲板で過ごしましたが、元々視程の悪いぼんやりした天気でしたので、八丈富士が後方の霞に消えるまでそれほどの時間を要しませんでした。
18ノット前後で八丈島沿岸を北上する
東海汽船の伊豆諸島航路は、下りは夜行上りは昼行になりますので、復路上りは一番安い2等に致しました。
2等は、カーペット敷きの雑魚寝席とリクライニングシートの2種類から選択でき、当然横になれる雑魚寝席の方が人気あります。
しかし私は敢えてリクライニングシートに致しました。
何人かのグループなら雑魚寝席でも良いのですが、両サイドに客が来てしまった場合等は一人では落ち着きません。
その点不人気なリクライニング席ならば多くの場合ガラガラですし、仮に混んだとしても普通に座席に座るだけですから隣客の存在も気になりません。
連休中日の今日などはご覧の通りのあり様です。
不人気で穴場的ポジションの2等椅子席。乗船率はご覧の通り

鉄道の座席と比べればシートピッチは十分過ぎるくらいだし、リクライニング角も申し分ありません。
ただ、喫水線ギリギリの船底Eデッキなので、甲板のある最寄りのフロアまで2フロア分階段を上がらなければならないのと、殆ど常時携帯電話の圏外になるのが難点です。
ディーゼルエンジンの心地よい振動が眠気を誘います。
先ほど買ったパンを食って、しばしまどろむ事に致します。
気付いたら、もう本船は黒潮を横断して御蔵島に沿って走っているところでした。
島の周囲は近付き難い断崖絶壁に囲まれ、黒々とした山は落差数十メートルの滝となって、その豊富な水を海に放出させています。
その威容は威圧的でさえあります。
甲板に出てみたら、御蔵島の威圧的な断崖が目の前に

東京の屋久島と言った趣でしょうか。(屋久島には行った事は無いけれど)
今日も穏やかなコンディションですので、かめりあ丸は無事に御蔵島の外洋むき出しの桟橋に着岸いたしました。
とは言え、船と岸壁の隙間に入り込んだうねりが、時々「バシャッ」と音を立てて甲板の高さまで跳ね上がります。
外洋に直接面した埠頭に慎重にアプローチ

御蔵島はイルカウォッチングで名高い島で、結構な数のお客さんが乗船してきました。
荷役を行う事もなく、5分ほどの停泊ののち"かめりあ丸"は三宅島に向けて舫を解きました。
ここ御蔵島では、島中の民宿の人が去りゆく客を見送りに来てくれているようです。
八丈島の様に、ほぼ確実に客が乗船出来る島の場合、宿の人はわざわざ船の出港まで客につきあう必要はありませんが、御蔵島の様に就航率が極めて低い港の場合、船が埠頭すぐ沖まで来ていながら着岸を断念して去って行ってしまうという事もあり得ます。
そうなればお客は延泊意外にできる事はありませんし、宿側としても新しい客がやって来る可能性はゼロになります。
そのような事情で、宿側としても自分の客が本当にちゃんと船に乗れたかどうかを確認するまでは港から離れられないのでしょう。
約1時間ののち、最後の寄港地三宅島三池港に入りました。
ここでは、始発の八丈島と同じか、それより多いくらいのお客さんが乗って来ました。

八丈島は伊豆諸島で唯一737やA320などの中型ジェット機が就航している一方で、船を使うと11~12時間かかりますから特に上り便の船利用は敬遠されているようですが、三宅島ではターボプロップ機しか就航していない上、船でも7時間と手頃な距離なので、上り便でも経済性を重視して船を使う人が多いのではないかと思います。
ウインチを緩め、最後の寄港地三池港を出港すれば、あとは東京まで7時間ノンストップ

この船は三宅島を出ると、神津島~新島~大島の東沖を通りますが、今日の様な天気ではこれらの島影も見えないでしょう。
自販機でワンカップを買い、船底Eデッキの自席へ戻りました。
Eデッキに下りる途中他の席も見てみましたが、御蔵島・三宅島と客を拾い、2等雑魚寝席と、Dデッキの椅子席の方はそこそこ埋まったようです。
一方Eデッキ椅子席は相変わらずガラガラですので、誰に憚る事無くリクライニングを一杯に倒してしばし眠る事にいたします。
次に甲板に出た時には既に房総半島鋸山付近まで来ておりました。
浦賀水道に向けて並走する船、すれ違う船が急に多くなります。

野比の火力発電所の灯りがすぐ目の前に迫ると浦賀水道です。
去年ヨットから見上げた「うらが2」と書かれた浮灯台が、眼下をゆっくりと通り過ぎていきます。
大きな船で波をかぶるでもなく何の不自由もなく同じ地点を通過すると、「よくあんな小舟でこの海を渡ったもんだな・・」と感慨深くあの日の事を思い出してしまいます。
しかし"そあとれ"さんは、房総半島どころか、新島に渡ったというから驚きです。
東京湾の黄昏

羽田空港付近で、先ほど新木場を出て、これから徳島・北九州へ向かうオーシャン東九フェリーとすれ違いました。
あちらはカーフェリーなので照明も少なく、夜の海ではRO-RO船と見分けがつきませんが、よーく見るとファンネルに同社のマークが付いていました。
羽田を過ぎて滑走路の輪郭沿いに左折し、隅田川河口部に入ればもう竹芝です。
船内に流れるニニ・ロッソ「夜空のトランペット」のBGMが垢抜けた東京航路に実にマッチしていました。
竹芝桟橋には、私が出発した夜と同じように、神津島航路の"さるびあ丸"が一足先に帰ってきておりました。

東京は小雨でした。
あ~あ、帰って来ちゃった・・

安全航海お疲れさまでした

飛行機の旅の様な疲労もなく、11時間と言う航海は丁度良いか、やや乗り足りないくらいでした。
トイレに寄るため埠頭待合室に入ったら、今夜出発する客が既に大勢ベンチを埋め尽くしていました。
あぁ、私もすぐにまた同じ船に乗って折り返したいです。
同じ船から降りてきた客を除けば、休日で人もまばらな道を浜松町駅まで歩き、そこから京浜東北線に乗って帰りました。
ところが乗った電車がよりにもよって蒲田止まり!
さっきまでの大らかな心持が吹き飛び、怒りのあまり何かブチっとキレました。
蒲田で次の電車を待つまでの間、やり場のない怒りを抑えるのに気が狂いそうになりました。
中田商店前のバス停では、バスが10分遅れて来ようが鼻歌を歌っていられた私が、なぜ首都圏に入ると電車を5分待つ事が出来なくなるのか、自分でもこの性格もひとつ分かりません。
お
わ
り
この記事へのコメント
うらやましい。
私は、GW中どこへも出かけず家でおとなしくしていました。
御自宅でゆっくりするのも良いではありませんか。
今年は夏の休みが長くなりそうですし、その時に遊べば。
私はすぐにでも八丈島を再訪したいのですが、7,8月は東海汽船の運賃が2割増しになってしまうので、それを過ぎてからにしようと思います。
民宿のご主人の努力で客にとってのいい宿が経営されているんですね。
>電車を5分待つ事が出来なくなるのか
人というのは周りの環境で感情が左右されるものなので、都会の喧噪の中に戻って来た途端に影響されたのでしょう。